秦正顕、23年の半生を語る

先日、全国仏教青年会連合主催のイベントが開催されました。

仏教青年会は、全国にある仏教に関心のある若者が集う組織で、

全国の大学に組織があり、早稲田大学仏教青年会は1890年代に創立されています。100年以上も前からあるわけですから、とても歴史のある組織です。

今回はその全国の仏教青年会が一堂に会し、合宿をやるということで、僕も早稲田大学支部からの参加者として行ってきました。

かもたまたま運よく早稲田大学代表としてスピーチする機会を頂きまして、自分の考えていることを、整理もかねて発表してきました。

このスピーチが、自分の考えていることというか、「秦正顕、23年間の半生を語る」みたいな雰囲気になったので、

ここまでの人生、うようようようようよ曲折を経てこういうところに辿り着きました というご報告ということで、原稿をそのまま掲載してみます。

 

以下、原稿です。

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仏教青年会早稲田大学代表スピーチ

 

テーマ:仏教現代社

 

はじめまして。早稲田大学社会科学部4年の秦正顕と申します。

今回、このような貴重な場で自分の考えを述べさせて頂く機会を頂き、大変光栄に思います。

私は、札幌にある浄土真宗のお寺に、長男として生まれました。

今は父が住職として、ほぼ一人でお寺を守っている状況で、私もお盆のときだけは帰省してお盆参りを手伝っています。

今年のお盆も、帰省してお参りを手伝っていたのですが、そこである檀家さんにこんなことを言われました。

 

「大学4年かい。じゃあ、来年はお寺に戻ってきてくれるんだね?期待してるよ。」と。

 

この言葉が、今回のスピーチの出発点です。

檀家さんはいったい私に、何を期待して下さっているのでしょうか?



今回お話するテーマは、「お坊さんって何のためにいるのだろうか」ということです。

 

実家を継ぐか継がないか。大学4年間を通して悶々と考え、ようやく「お寺を継いでお坊さんをやってみよう。」という決断に至った私が、お坊さんの存在意義について考えたことを、お話していきたいと思います。



私はお寺に長男として生まれ、「お寺の跡継ぎ」として、親族や檀家さんから大きな期待を全身に浴びながら、育てられてきました。毎朝お朝事をしたり、お寺のお手伝いをしたり、仏教には小さなころから慣れ親しんできました。

そんな私が当時思っていたこと。それは

仏教よくわかんない。お寺継ぎたくない。」

ということでした。

敷かれたレールに乗りたくない。加えてそのレールの先にあるものの価値がよくわからない。自分の人生は自分で切り開きたい。そんな風に考えていました。

 

祖父母の期待は大きかったですが、その一方で、父は「お前が一番やりたいことをやればいい。レールなんてないよ。」と、私の意思を尊重してのびのびと育ててくれ、ありがたいことに、浪人をしてまで早稲田大学に行くという選択を許してくれました。

晴れて早稲田大学に入学した私は、「お寺を継がないだけの、やりたいことを見つけよう!」という思いで、仏教とは少し距離を置いて、様々なことにチャレンジし、積極的な大学生活を送ってきました。

 

そうして大学4年になり、今ここに立っています。



大学生活では本当にいろいろなことを経験させていただきました。だけど、その中で本当に自分がやりたい!と感じられることが見つからなかったんです。

そこで、就活を意識し始めたタイミングで、今まで無意識に遠ざけていた仏教を改めて勉強してみることにしました。

 

すると、昔は全くピンとこなかったいくつかの教えが、ありありと生き物のように自分の中にすっと入ってきたのです。

「逢仏殺仏って、あの時に感じた考えと同じことを言ってるじゃん。」

愛別離苦、振られたばかりの今聞くと、とてもしみる。」

「あぁ、他力本願ってそういうことか。」この教えは就活の時大きな支えになりました。

 

仏教で説かれている人間の本質は、今でも全く変わらないのだ。」

 

と、20年余り生きて、たくさんのことを経験して、自分の精神がある程度成熟してきて、そうして初めて仏教のすばらしさというか、先人たちの偉大さというか、そういう畏敬の念がわいてきたのです。

仏教って凄い!この教えは間違いなく今の人にも伝わるはずだ!と、その時初めて思うようになりました。

 

正直、今の日本では、無宗教を標榜する人も多く、仏教徒と呼べる人はあまり多くないと思います。だけど、きっと仏教の教えを知っていたら、心が軽くなったり、救われたりする人もまだまだいるのではないでしょうか。

仏教の持つ力が十分に発揮されていないような気がしています。



「人々の心の支えとなるものとして、仏教を今よりもっと身近な存在にしていきたい。」

これが僕の目標になりました。

仏教の教えが必要なタイミングはきっとそれぞれあると思いますが、そのタイミングが来た時に、すっと仏教の教えを手に取ってもらえるように、もっと人々のそばに仏教、そしてお寺を近づけていけないかと考えるようになりました。

 

それをやるには、まずは自分が心から仏教の教えに共感することからです。

僕自身、少しずつ仏教の良さはわかってきたものの、まだ、なくてはならない存在にはなっていないような感覚があります。

普通に生活していても、何かにすがりたいほどに苦しいという場面はそう起こりません。大学生活、楽しいことばかりです。(笑)

教えの本質を心から実感し、それを自分の言葉でもって語れるようになって、初めて伝えられるものがあるのではないだろうか。

そう考えて、大学卒業後は一般企業に就職し、社会人になろうと思っています。そこで社会の荒波に揉まれながら、色んな壁にぶつかりながら頑張りたいと思っています。そしたら、また新たに今まで感じられていなかったこと、あるいは見えていなかったことが見えてくるような気がしています。

そうして仏教の教えが体に染み込んで、単なる引用でなく、自分の言葉で仏教を語れるようになったときに、お坊さんとして実家に戻ろうかなと思っています。

これが自分なりに辿り着いた、理想のお坊さんへの道です。

 

しかしです。

冒頭に紹介した、檀家さんからの言葉に戻ります。

「大学4年かい。じゃあ来年は戻ってきてくれるんだね?」

 

この言葉は、おそらくお寺に戻ってきて、しっかり「先祖供養」をしてほしいという趣旨の言葉だったのだと思うのですが、、。

確かに僕が来年大学を卒業してすぐにお寺に戻ったとしても、お参りもできるし、葬儀の役僧もできると思います。先祖供養という面では、檀家さんからの期待に応えられると思います。

 

だけど、裏を返せばそれ以上のものは期待されていないのではないか。と、

自分が決めた、社会の荒波に揉まれながら仏教の教えを理解し伝えられるようになる というこれからの目標は、檀家さんにとっては別に必要とされていないのではないか。と、

そう感じてしまったのです。

 

今の日本のお寺では、お坊さんは「先祖供養のためのお経を唱える人」。そんな「職業」のようになってしまっているような気がします。

 

当然先祖供養も大切ですが、だけどお坊さんの存在意義とは、それだけじゃない気がするんです。

人々の悩みや苦しみを一緒に考えて、その人自身が自分で悩みを解決する手助けをする。正しく生きるための心の拠り所を提案する。そんな役割がお坊さんにはあると思います。

そして今の社会には、間違いなくそういった役割が必要だと思っています。



最後に、これからのお坊さんの在り方について考えてみます。

供養のときにしか人々に求められなくなってしまった日本のお寺が、再び価値を見出され、人々の心の拠り所となるためには、何が必要でしょうか。

まずはお坊さん一人一人が教えを丁寧に伝えていくことではないかと思います。だけどそれだけでも足りないと思います。

今の社会がどうなっていて、今の人が何を考えて、どんな暮らしをし、どんなことに困っているのか。これをしっかりと自分の目で見に行って、そのうえで、伝え方を考えていくこと。これが大切なんだと思います。

インターネットを通してお坊さんへお悩み相談ができる「hasunoha」というサイトがありますが、このようにインターネットを駆使して人々にアプローチするといった、新しい伝え方も必要だと思います。

あるいは、僧侶が運営する坊主バーというものが全国に4店舗ありますが、これも僧侶がより多くの人との接点を持つためにはどうすればいいのか と考えた末に始めた活動だそうです。

寺子屋ブッダという団体は、お寺とヨガの先生や音楽家などを引き合わせ、お寺でイベントを開催するプラットフォームを作っています。

今述べたのは私の好きな団体ですが、このように、お寺を積極的に社会に開いて、先祖供養の時以外の接点をもっと多く作っていく必要があると思います。

 

親鸞聖人がそうであったように、今生きている時代を顧みて、その時代に合わせて仏教を0.1ミリでもアップデートしていく、そういった姿勢が大切なのではないでしょうか。

 

私は来年から、広告代理店のデジタル部門に就職する予定ですが、そこでインターネットを使った新しい広告の仕組みなどを理解し、その領域の専門家としての知識を得て、仏教を知ってもらう活動に還元できたらいいなと考えています。

 

まだまだ仏教についての勉強も浅いですし、考えも粗削りですが、ここで同志と呼べるような仲間を作って、一緒にこれからの仏教を盛り上げていけたらいいなと思っています。

 

ご清聴ありがとうございました。

 

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ちなみに、後日佛教タイムスの表紙を飾りました。笑

 

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福島で復興支援に関わっていたお坊さんの話

まただいぶ久しぶりの投稿になってしまった。書くべきネタはたぶん最も多い3か月であっただろうに、またさぼってしまった。この間に感じたことは、遅くなってもちょっとずつ書き残しておきたい。

 

さて、今回は仏教青年会合宿での話。

福島で復興支援に関わっていた、久間泰弘さんという曹洞宗のお坊さんのご講演があった。

この方の言葉には、魂が宿っているように感じ、大変感銘を受けたので書き残しておく。

 

僕も大学に入ってから東日本大震災の復興支援には、「同じ日本人として、何かしなきゃいけない。何かできることがあるはずだ。」という思いで自分のできる範囲で関わってきた。

久間さんは、福島は伊達のお坊さん。6年半、復興支援に関わってきて感じたことをお話してくれた。

この方は「宗教者として、被災者の方々の手助けをしなければならない。」という思いで精力的に活動を進めてきたという。

お話の中の随所で、宗教者として活動しているということを強調していた。

“宗教者として”できる支援と、“一日本人として”できる支援、何が違うのだろうか。ここがとても気になった。ここに、お坊さんの存在の本質があるのではないかなと思い、じっくりと話を聞いていた。

 

それで、結論から言えば、たぶん、ある一点を除いては、何も違わないんだ と思う。

「宗教者と一般の人の支援、なにが違うんでしょう?」と質問したら、「わきまえること。待てることだと思う。」とおっしゃっていた。

ん、ピンとこない、。

仏教の教えを実践できるのがお坊さんである。慈悲の心を持って接するとは、こちら側から支援の手を差し伸べるのでなく、ゆっくり待って、そうして見せてくれた何かに対して、脇から支えてあげることだ。寄り添うことは難しいけれど、できる限り支えになってあげることが、慈悲の心なんだと思う。」と。

んー。

当然お坊さんは仏教の教えをもとに人と向き合う。だけどそれは、「相手のことを考えて、本当にその人のためになることをしようとする」ということにおいては、誰がやろうと変わらない。お坊さんだから特別できることなんてないし、そこにあるのは「1人の人間として、何ができるか」ということだけだと思った。宗教者であっても、一般の人であっても、何も変わらないはずだ。

ではお坊さんの存在意義って何なのだろう。

さらに話を進めて、一つだけ見つけた。

久間さんは、復興支援活動をしていく中で、自らも疲弊し、不眠症に悩まされたことがあったそうだ。自分はいったい何のためにいるのだろう と自分の無力さを痛感し、心を病んだそうだ。

お坊さんは、お坊さんであるが故、宗教者であるが故、何かしなければいけないという使命感が人一倍強い。僕がボランティア活動をしていた時は「自分がまずちゃんと生活をしていける上で、溢れた余力を被災地のために使おう」という思いで活動していたが、お坊さんはそんな余裕のあることを言いにくい立場にある。世の中からの期待もあるだろうし、本人からしても「ここで力を発揮できなければ、どこに自分の存在価値があるのか」という気持ちになるのだと思う。

ここで何もできないと感じること=アイデンティティの危機に繋がるのだ。

久間さんも、このアイデンティティの危機によって心を病んでしまったようである。ほかにも同じような思いを抱えてしまうお坊さんは少なくなかったようだ。

だけど久間さんはそこから立ち上がった。

「このとき、仏教の教えに立ち戻らせて頂いた。そして改めて仏教の教えが自分の支えてくれた。」と。

続けてこう話してくれた。

「自分はまだまだとうてい悟りの境地とは程遠い。てんでダメな仏教徒である。だけど、一仏教徒として、この場に向きあわせて頂いているということも、お導き、一つの修行なんだ。私は誰かを救う立場ではない。同じように苦しみを抱えるものとして、一緒に歩んでいく立場であるのだ」と、そう思えるようになったという。

凄いと思った。お坊さんであることの意義とは、そういうことなのではないかと思った。お坊さんの強さを思い知った。

お坊さんをお坊さんたらしめるもの。それは強烈なアイデンティティ意識と、それを支える仏教の心なんだと思った。

仏様の教えを身にやつし、強い使命感を持って世の中の苦しみに向き合う。そしてそれを支えるのが、「悟りを目指す修行の身である」という揺るがない軸。

これがある限り、お坊さんは絶対にブレない、折れない。

強い。とても強い。

この純然たる強さこそ、お坊さんがお坊さんである理由なのではないだろうか。

 

久間さんの目、そして語られる言葉からは、ブレることのない確かな強さが感じられた。

苦しみの現場に入って、厳しく自分に向き合ったからこそ、見えるものがあるんだろうなと思った。

 

 

お坊さんの存在意義ってなんだろう。全然わからなくなっている現代において、久間さんは明確に輝きを放つ人だった。

 僕の中でも、一人のロールモデルとなる人になった。

ホームレス問題の原因と現状の整理 リディラバのスタディツアーに参加してきた。

先週の土曜日にリディラバという団体が主催するホームレスツアーに参加してきました。

 

昔から、ホームレスには怖い印象があり、解決すべき問題だなあと思っていたのですが、

「あれ、そもそもホームレスってなんで存在するの?」

という、素朴な疑問がありました。生活保護があって、国民の権利として最低限の生活は保証されているはずなのに、どうして路上生活で生活に困窮してしまう人が出てきてしまうのだろうというのが疑問でした。

 

今回たまたまリディラバがツアーを実施していることを知り、いい機会だと思い参加してきました。

 

ツアーはホームレス支援の団体や元ホームレスだった人にお話を聞いたり、炊き出しの現場を見学させて頂いたり、盛りだくさんの内容でした。

これまで知らなかったことがたくさんわかり、

問題に対しての認識が「なんで解決できないんだろう」から、「だから解決が難しいのか」に変わりました。

驚くようなお話も多々ありました。

 

ここからわかったことをまとめていきます。

 

まず、大きな問題は2つあると思いました。

一つ目は、「ホームレスになっている人は、とても弱い」ということ。

確実なデータではないですが、ホームレスの方のおよそ7割は、精神的あるいは身体的に障害を抱えているのだそうです。統合失調症自閉症などです。ホームレスだから働けないのではなく、働けないからホームレスになっているということです。

二つ目は、生活保護にも受給条件があるということ。

生活保護は、自治体の予算から出費されるそうです。つまり、生活保護者が多ければ多いほどその自治体の予算からの出費が多くなるということ。片っ端から保護というわけにはいかないようです。

そりゃ自治体からすれば、住所不定無職の人を自分の区で保護する理由が無いですから、水際でたらい回しにされてしまうわけです。

 

まず、私が考えていた「生活保護なんで貰わないの?貰えなかったとしても、今の世の中バイトだってたくさんあるし、なんで自活できないの?」という楽観的考えは打ち砕かれました。

 

じゃあ路上生活者は一生路上生活を抜け出すことができないじゃないか!

 

と思いましたが、さすがにそういうわけでもないみたいです。

 

一般的な不動産は住所不定無職の人には家を賃貸してくれません。そうして不動産と契約できない人の受け皿となっているのが“ドヤ”という場所。これは、誰でも入居可能な日雇い労働者のための簡易寮のようなものです。

ここは誰でも入居可能で且つ住まいとしても認められるので、ここに住んでいればだいたい生活保護を受給することができるそうです。

 

おお、じゃあこれで全てのホームレスの人が救われるはずだ!

 

と、そういうわけにもいかないらしく。

 

ドヤは確かに誰でも入居可能で、安価な住まいではあるのですが、なにせ環境が劣悪なことが多いそう。大部屋に20人とか、普通にあるらしい。

僕は今シェアハウスをしていますが、気心知れた人達との共同生活ならまだしも、見知らぬ人達、しかも元路上生活者が多く、中には人間的に問題のある人いる中での共同生活はなかなかのストレスでしょう。

ドヤに住んで生活保護を貰えたは良いものの、その後待っているのは嫌がらせや人間関係のトラブル。さらに一部のドヤは、ヤクザなどと繋がっており、貧困ビジネスの温床になっていることも多いのだとか。もらったお金が、食費や維持費なんかだとかで、どんどん吸い上げられてしまう。

ドヤに一定期間住んだ人は、“褒美”として行政が普通の賃貸を紹介してくれるのだそうで、晴れて生活保護でひとり暮らし、いわば最低限度の生活を送ることができるようになるわけですが、

そこまでドヤに住み続けられる人はあまり多くないのだそう。

結局路上のほうがずっと自由で楽で暮らしやすいということで、逃げ出してしまうんだそうです。

 

だから、路上生活者のほとんどは、一度はドヤに住んだ事があるらしいです。

今は、自分で“選択”して、路上で生活しているということです。

 

ちなみに、一度ドヤから逃げ出し生活保護受給を放棄したと見なされると“失踪廃止”の印を押され、再び生活保護を受給することが難しくなってしまうそうです。

 

ツアーでお話を聞いた「べてぶくろ」さんは、ホームレスの居場所づくりを行う団体ですが、このドヤの問題がホームレス問題の根幹だと考え、“ハウスファースト”の考えのもと、まずひとり暮らしの住まいを提供するところから始めるという試みを行っています。失踪廃止の印がついた方と一緒に役所に赴き、受給の交渉をするこということもやっているみたいです。

 

 

さて、なかなか問題が複雑になってきました。

様々な要因が絡み合って、がんじがらめです。

 

もう一度整理しましょう。

 ①路上生活者の約7割は、何らかの障害を抱えており自活が難しい状況にある。加えて小さい頃から十分な教育を受けられていないなど、そもそも生まれ持った環境が恵まれなかったという人も多い。

②住所不定無職では、基本的には基準を満たせず生活保護は支給されない。なぜなら生活保護は自治体の予算から出されるものであり、受給者が増えるほど財政は圧迫されていくから。できるだけ他の自治体に流そうとする。

③日雇いで稼いでお金を持っていたとしても、路上生活者が不動産と契約し住まいを獲得することは極めて難しい。

④ドヤという日雇い労働者のための寮は、空きがあれば誰でも住むことは可能。そこに住んでいれば生活保護も貰うことができる。

⑤しかしそのドヤの環境は劣悪で、すぐに逃げ出し路上に戻ってしまう人も多い。

⑥一度ドヤから逃げて生活保護を放棄したと見なされると「失踪廃止」の印が押され、再び生活保護を受給したくても難しい。

⑦晴れて路上生活に出戻りする。

 

というのが大きな流れとしてあります。

 

実際に路上生活者の方に話を聞いたり、支援を行う人に話を聞いてみましたが、問題が非常に複雑で、これを解決したらまた新たに問題が生じるといった、何本もの糸が複雑に絡み合っているような状態だと思いました。

 

 

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どうしたら良いんでしょうかね。

ツアーに参加した日は、本当にどうしたらいいのかわかりませんでした。こうして文章を書いている今も、どうしたらいいのか全くわかりません。

生活保護の受給基準を下げればいいのではないかとも思いますが、大阪西成地区を見ればわかるように、とても成功しているとは言えないでしょう。西成地区は保護支給の基準が低く、生活保護受給者が市の人口の1/4を占めています。ですが中には基準が甘いが故、働けるのに不正受給している人も多くいるといいます。

確かに、生活保護や炊き出しなどの民間の支援によってある程度満足な生活を得られるすれば、もう働くなくても良いやと思ってしまう人が出てくることは自然なことだと思います。

池袋でも炊き出しやおにぎりの支給など、なかなか手厚いホームレス支援が行われていますが、「だからホームレスはホームレスのままなんだよ。甘やかすな。」と考えることもできてしまいます。

どうやらただ単に救いの手を差し伸べるだけでは、問題は解決できなさそうです。 

 

本当に自力では生活できない人がいる一方で、怠惰な人やずる賢い人など、路上生活者の中にも多様な人が存在しています。

そうした人を一括りにホームレスと捉えて包括的な対策を行っても、トコロテン式に別の問題が発生して、問題の解決にはなりません。

 

僕はこれにどう関われば良いのでしょうか。

わからない。

こんな現状があると知ってしまって、いまとっても気持ち悪いです。

これまでのように、社会は明るいとニコニコ笑っては生きていけないです。

「日本の幸福度あげたい」ってよく言ってたのですが、そんなふわふわしたこともう絶対言えない。

 

 

ここにきて、ベーシックインカムの可能性を改めて感じたりしています。

 

 

何らかの結論を述べることが難しいので、ブログの綴じ方がわからないですが、これからもっと勉強して、何らか自分なりの落とし所(解決策なのか、自分なりの解釈なのかわかりませんが)をみつけたらまた追記したいと思います。

やりたい型とありたい型

Facebookの保存機能をよく使います。

 

「おっ、面白そう」と思って、今すぐには読めないけど、あとで読むために保存するやつです。

それで保存するのですが、保存しても全然読みません。山のように溜まっていきます。

今日は久しぶりに何も予定がないので、夜更かししています。

Facebookの保存記事を一気読みしていました。

 

ざーーーっと記事を読んでいると、一体何で保存したかわからなくなってしまった記事もあります。

これもその一つ。

dutoit6.com

何の記事だったかもうわからないけど、とても良い記事(というか未来の俺が書いた?)と思うくらいなんか親近感の湧く記事でした。

 

端的に言えば、「「君は何がしたいんだい。目標は何?」と聞かれるの苦しいですよね。幸せでいられればそれでいいんですけど・・・。」というお話。

人には目標を持ってそこに近づいていくことを幸せに感じる、いわば山登りをしているような「やりたい型」、

それと、やりたいことなんてないけどただ幸せでいたいという、自分の持つ幸せ度に対していまどれくらい満たされているかという価値観を大切にする「ありたい型」

この二種類があると述べられています。

後者にとっては、ありたい姿であれるかが重要なのであって、何かやりたいことがあるわけではないということでした。

 

とっても面白かったのですが、一つ自分の考えを付け加えたい。

この記事内では両者を明確に区別し捉えているけど、僕はこのように人間がタイプで別れるとかはないと思っています。つまり、根源的な部分では、みんな同じなのではないかということです。

 

僕は、みんな「ありたい自分」という自分起点の根源欲求があって、そこから自分全体が形成されていくんだと思っています。

どれだけ天性の「やりたいこと」があるように見える人でも、そのもっと根源の部分には「ありたい自分」がいるのではないかと。

 

そこから先の、「ありたい自分」を自分との対話を通じて理解していくことで、自分の「やりたいこと」を見つけられるようになる というのは記事に同意です。

 

 

まずは自分の根源欲求なんだっけ?を見つけることかなあと思いました。

たぶんそれって思っているより美しいものじゃなかったりすることが多い(と思っている)ので、目を背けたり避けたくなるものですが、

それを本当に理解できたとき「自分の幸せ」が近づいてくるんじゃないかな~と思います。

 

とある人材会社にて

就職活動真っ只中です。

就活を通して考えたり聞いたりしたことをまとめておきます。

 

今日は人事面接。

正直人材業界はあまり興味がなく、むしろ人をビジネスにする点でやや不信感すらあった。

この会社は、社長面接が比較的すぐあることから、社長にあって色々聞いてみたいと考え、選考を進めている。

 

選考を進めていくうちに、社長に聞かずとも色々わかってくるものもあるなと感じた。

今日聞いた「いいな」と思った話。

 

質疑応答では、どうしたら日本の幸福度があがるかを質問した。

明確な答えはなかったけど、色々ヒントになるようなお話はしてもらえた。

「76才の人を採用している。その人は、紹介先でのクライアントの不満の相談に乗る役割を担っている。その人じゃないとできない仕事。長い人生の中で、その人が多彩なキャリアを歩んできたからこそできる仕事。」

人は何歳でも仕事ができると思う。自分の持てるものを世の中に還元し、その対価を頂くことが働くことだとすれば、むしろ高齢者の方が利のあることも多いだろう。単一な価値観でなく、フラットな見方でその人の価値を見出し、それが活かせる環境に充てられれば理にかなってるし、みんなが有機的に繋がったハッピーで良い社会を作れると思う。

あと、この会社にいたら、

沢山の人との出会いがある

色んな人の人生に関われる

色んな人の価値観に触れることができる

と言っていた。その上で、幸せとは何かをもっと多様な視点を持って考えることができるのかもしれない と思った。

 

 

あと、面接の最後にこんな言葉を頂いた。

「自分のためにやるのではなく、常に人のためにやることを考えると良い。人のためにやっていたほうが、結果自分に還元されるものも大きい。

人は自分に甘いもの。自分のためじゃなく、誰かのために頑張っているほうが最後の最後で頑張れるし、それが自分の成長に繋がる。」と。

 

僕の今の意向を話しの中から汲み取ってそう思ったのかもしれない。

これは理解してるようで意識していなかった考え方かもしれない。一番は人や事にモチベーションを向けられるように頑張ろう。

忘れかけていた気持ちだった。

shiawase2.0シンポジウム

久々の投稿。

今日は慶応SDM前野教授が中心になって企画された、幸せについて考えるシンポジウムに参加してきた。

最近目の前の忙しさに流されてゆっくり考えたり見つめ直したりする時間がなくなっていた。今回久しぶりに丸一日こういうシンポジウムに参加して、色んな人の話をきっかけにいろんな事を思い出したり新しく考えたりすることができたので、メモしておく。

 

・幸せも時代によって移り変わっていく?

僕は以前から幸せについて考えていたのだけど、そのきっかけになったのが「日本人の幸福度は、戦後から現在までほとんど変わっていない」というデータ。これを見て、発展によって幸せになっていないのなら今の時代はどこに向かっているのか。まず人間が幸せになる方向に向かうべきではないかと強く感じていた。

今日は一つ新しい発見をした。それは、「幸せ」というものの捉え方も、時代で変遷していっているのではないかということ。

平たく言えば、昔の人の幸せと、今の人の幸せって違うんじゃないかと。

これは共有の時間で隣のおじさんと話していて思ったのだけど、この人が「最近になって自分の信じていた幸せ・価値観とは違った新しいものが目に入るようになってきて、困惑している。自分がやってきたことは本当の幸せじゃなかったのかねえ。」とぼやいていた。

僕はこれを聞いて、ふわっと見方が広がったような感じがした。昔と今では状況が全く異なるし、人間の暮らしもどんどん高次化している。それに伴い人間の幸福も高いところに求められるようになってきているのではないかと。僕は最近、人間の全ての営みを欲で説明することの可能性を探っているのだけど、その理論によれば、欲がどんどん高次化すると同時に、幸せもどんどん高次化しているのではないかということだ。

マズロー欲求階層理論で考えればわかりやすい。一番下の生存欲求が当たり前に満たされるようになって、欲の階層がどんどん上がっていって、今は自己実現の欲レベルがスタンダード化している時代だと思う。

この考え方で言うと、昔生きるのに一生懸命だった時代では、生活が満たされることが出発点で、そこが豪華になることこそ、一般的な幸福だったんじゃないかと。

一方で現代は、生活は基本的には満たされているので、いかにして自己実現を果たしていくか、そういうことがスタンダードな方向性になっている気がする。

というわけで、一概に幸福度が横ばいだと言っても、それは単純な上下の話ではなく、そもそも別の次元の軸になりつつあるんだなと、今日初めて感じた。

 

さて、今回のシンポジウムは「shiawase2.0」新しい幸せのカタチをみんなで考えようということだった。前野先生も、幸せがそもそも変化していっていると感じているのだろう。

地位財的幸せから新しい幸せへと。

「自分で勝ち取るんだ!」というものから「みんなで共創していく」もの

というのが一つ出ていたけど、それもあると思う。「幸せとは」を一概にまとめて語ることはできないけど、みんなで幸せとは を考えていくことは価値があると思った。

 

 

・講演会とは

講演会というものについて考えたこと。

講演会って、内容だけを目的にするのなら、コスパが悪いし行く意味無いと思う。最近だと多くのイベントで書き起こし記事が出ているし、その講演者の考えはたくさんのメディアで記事になっている事が多い。さらに今日は動画配信もされていた。こうしたメディアから、講演会の内容は簡単に入手できるようになったからだ。

 

さて、僕は昔は講演会にもよく参加していたのだけど、最近はあまり参加しなくなっていた。その理由は上記の通りで、講演内容は記事を読んだり動画で見たほうが時間の節約になるから。でも今日ひさしぶりにこういうのに参加して、感じたものがある。

よく、映画はメディアの王様と呼ばれることがある。これは、見る人の自由を奪い、ある意味強制的に二時間とかの間作品を見させる仕組みになっているから。

昨今スマホから莫大な情報を手に入れるようになった私達は、細切れにされた、短時間で得られる情報に慣れきっている。SNSやニュース記事、YouTubeの動画などだ。こうしたコンテンツは膨大な供給量があるため、ちょっとでも飽きられたらすぐに捨てられる。こうしてインスタントな情報にどっぷりと浸かった私達は、どんどん長いコンテンツに対して集中力を向けることが難しくなっていると言われる。

そんな中でも、映画はみっちり2時間、否応なしに客にコンテンツを見させることができる。これが、映画がメディアの王様と呼ばれる所以だ。

さて、つまりは講演会も映画と似た性質を持っている。強制力は弱まるが、一定時間その場に拘束し、聞かせる状態を作り出す。

今日講演会を聞いていて、普段からノンリニア(細切れのコンテンツ)に慣れ親しんでいる僕は、ややじれったいという感情を覚えた。早くもっとおもしろい話をしてくれと。でも講演者はとっても興味がある人達なので、じっくり聞く姿勢を作ってスマホなど触らずに話を聞いていた。

そうしてじっと聞いていると、彼らの言葉の端々から、これまで自分が考えてきたことや昔経験した大切な記憶などが想起されたり、もちろん新しい発見もあるし、そうしたものをゆっくりと自分の中でぐるぐると回して、吸収していくことができた感覚があった。

冒頭にも書いたけど、最近いそがしくてあまりゆっくり考える時間がなかったので、こうして時間を取ってゆっくり考えることができたというのはとても貴重だった。講演でのお話の中から色んな断片を貰い、じっくり時間をとって頭の中を膨らませるということの大切さを感じた。

 

だらだら長くなったが、纏めると、講演とは、話を聞くこと30%、自分で考える時間になること70%くらいの配分で、考えるということに価値があると思う。

 

ただ話を聴いて勉強になって満足していた自分と比べて、成長したなあと感じた瞬間でもあった。

 

なので、これからも忙しいときこそ講演会のような場に足を運んでいこうと思った。

 

大勢での飲み会は、長めの自己紹介以上にはならない

今日も参加してきました。30人近くの参加者がいる飲み会です。

僕は大勢の飲み会が嫌いです。参加しても、基本何も得られないと経験則からわかっています。

でも。これに3000円使うのもったいないよな~と思いつつ、でもやっぱり、もしかしたら、いい出会いとか発見があるんじゃないかと、淡い期待を抱いて、懲りずに参加してしまうわけです。

安い酒と飯に費やしてきた3000円たちを思うと胸が苦しくなります。

さて、そんなぼくですが本日、大学3年にして、ついにこの「大勢飲み会」の真理を掴んだ気がするので、書き残します。

 

まず、大勢の飲み会には、2つの種類があるということを明確にしておきましょう。

一つ目は、同窓会や打ち上げなど、気心知れたグループで行う飲み会。

もう一つが、半数以上が初対面の出会い飲み会。

 

自分がこれから参加するのはこの二種類のうちどちらの飲み会か、ということを理解していないと、期待と事実とのギャップに萎えることになります。

どういうことか。

僕が嫌いで、今回考察を進めていくのが二つ目の飲み会。初めましての人ばかりの飲み会です。

では早速、この飲み会について、箇条書きにて文句を垂れていきます。

 

・2時間3000円で30人とか集まっても、結局話せる人は限られる

・ほぼ初めましてだと、自己紹介から始まり、小グループでも一周したらそこそこ時間がかかる

・基本的に皆、沢山の人と話したいというモチベがあるため、目の前の人に対して心を向けきれない

・そんな環境なので、自分の話を長くしようと思えない

・結果、要点をかいつまんだ圧縮した話になってしまい、聞いてて心に入ってこない

・できるだけ簡潔に話すテンションなので、会話が全く深まらない

・着席だと、移動するのもタイミングを図るし目の前の人に失礼じゃないかという気持ちもあるので、そわそわして話を聞く姿勢が作れない

・最後には、話しきれなかった&もっと皆と話したかった感だけが残る

・あれ、これ、長めの自己紹介しあっただけだな。。完

 

今思いつく限りの不満を述べてみました。

さて、今日参加したものは、僕の信頼できるコミュニティの交流会でした。間違いなくいい人はたくさんいたのでしょうが、結果としては、また飲みたいと思える人には出会えなかった。

そうして思ったのは、どんなにいい人が集まっていても、このスタイルの飲み会では何かを発見したり、議論することはやはり難しいということです。だいたい自己紹介の範囲の会話に終止してしまいます。

 

ただ注意すべきは、これにはそもそも自分のスタンスが間違っている可能性もあるということです。

どういうことかというと、場の提供者が想定する価値と、自分の期待が合っていなかったら、そりゃあ満足度高くはならないよね、ということです。

今日でいうと僕は、今日は深い話をしたい、新しい発見を得たいという感じの気持ちで参戦したわけなのですが、

基本的にこのスタンスの飲み会は、新しい出会いを提供するのであって、二歩目まで提供するものではありません。参加者はここでの出会いが次につながっていけばOK!というくらいの気持ちで参加すべきで、深い話は期待しないほうがいいと思いました。

で、場を作る人は、飲み会のメンツと時間と場を踏まえた上で、提供価値を意識して、会を作るべきだと僕は思います。たぶん、初対面が多い場であるなら、交流を最大化できるような会にするのがベスト。

そこの目的がブレると、よくわからないもやっとした会になってしまいます。

 

というわけで、はい。最後に、これが一番言いたいことです。

そこまで掘っていくと、気づきます。

これはもはや飲み会である必要は無い。軽食とソフドリの立食交流会で十分だ。 と。

 

僕なんかは少し飲むと顔が赤くなるので初対面の人にいい印象を与えないし、結局自己紹介みたいな話が多くなるので酔いながら話す意味もない。

いいことがない!

 

というわけで、夕方ノンアルで立食交流会をして、二次会、三次会で飲みに行って仲を深めていくのが、理想の初対面交流会だと考えます!以上。

 

酔った勢いで書き綴ってしまいました。終